前回のコラムは、歯科治療時におけるモニタリングの重要性についてお話ししました。今回も「持病をお持ちの方の歯科治療」の続きになりますが、今度は歯科治療時において注意するべきお薬、すなわち歯科治療を行うにあたって、歯科医師に絶対に伝えておかなければならないお薬について解説していきます。
歯科治療に重大な影響を与えるお薬
現代では生活習慣病をはじめとして、ある一定以上の年齢になると持病を有する患者さんの割合が増加してきます。様々な治療薬があり、その飲み合わせや副作用には十分な注意が必要です。したがって、治療前の問診の段階で、どのようなお薬を服薬または使用されているかを把握する必要があり、その手段としてお薬手帳を提示していただくことは非常に有効です。
さて、歯科治療を行う際にとりわけ重要なお薬が、血液をサラサラにするお薬と骨粗鬆症のお薬です。その理由を次項で詳しくみていきましょう。
血液サラサラのお薬
一般的には血液をサラサラにする作用があるお薬と言われますが、専門的には血液凝固阻止剤と言います。主に抗凝固薬(ワーファリンなど)と抗血小板薬(バイアスピリンなど)の2つのタイプがあり、疾患に応じて使い分けています。
歯科治療は外科的な治療が中心であり、抜歯に代表される出血を伴う治療が多く存在します。血液凝固阻止剤を使用されていますと、処置後の出血が止まりにくく、創部の治癒が遅延してしまいます。お口の中で出血が続くこと自体が不快ですが、就寝中に血液が気道に流れたりすると窒息の恐れもあり危険です。このため、血液サラサラのお薬を飲まれている方は、必ず事前にお伝えしていただきたいのです。
ちなみに、血液凝固阻止剤を使用されている患者さんで、出血を伴う外科処置を行う場合は、事前に止血の準備をして処置に臨みますのでご安心ください。外科処置のために血液サラサラのお薬を休薬する必要はありません。
(代表的な抗凝固薬)
ワーファリン、プラザキサ、イグザレルト
(代表的な抗血小板薬)
バイアスピリン、プラビックス、パナルジン、プレタール、エパデール、アンプラーグ、ドルナー
骨粗鬆症のお薬
骨粗鬆症は骨の量が減って骨が弱くなり、骨折のリスクが高まる疾患です。女性は閉経するとホルモンバランスの変化により骨密度が低下し、男性よりも骨粗鬆症に罹患するリスクが大きいです。骨粗鬆症治療薬にはビタミン製剤やホルモン製剤など何種類かありますが、以下のお薬の副作用が歯科的なリスクが大きいとされています。
- ビスホスホネート系製剤(BP製剤)
- ヒト型抗RANKLモノクロナール製剤(デノスマブ=商品名:プラリア)
これらのお薬は骨吸収抑制剤とも呼ばれており、骨の代謝に作用して骨の質を強くしてくれます。骨粗鬆症だけでなく、がんの骨転移などに対しても非常に有効なため、多くの方に処方されています。飲み薬と注射の2つのタイプがあります。
しかし、これらの骨吸収抑制剤を使用した経験のある方が、抜歯のような顎の骨に刺激が加わるような外科処置を受けると、稀に顎の骨が壊死する(顎骨壊死:がくこつえし)副作用が出現することが明らかになっています。顎骨壊死は一度発症すると完治が難しく、放置すると壊死する領域が広がっていきます。歯ぐきの腫れ、痛み、排膿、悪臭、歯がぐらぐらする、顎の骨が歯ぐきの間から露出するといった症状がみられます。一度でも顎骨壊死が発症すると、お口の健康は大きく損なわれます。
(代表的なBP製剤)
ボンビバ、ボナロン、アクトネル、ベネット、ボノテオ、リカルボン酸、フォサマック、ダイドロネル、リクラスト
顎骨壊死を起こさないために
では、どうすれば歯科治療に伴う顎骨壊死を防ぐことができるのでしょうか。
①事前に骨吸収抑制剤を使用していることを歯科医師に伝える
現在のガイドラインでは原則的に休薬せずに外科処置を行う方が多いのですが、状況によっては主治医に相談して休薬(あるいは代替薬への変更)を行うこともあります。休薬しない場合でもどうしても処置が必要な場合は、事前の抗生剤投与や可能な限り低侵襲な処置に切り替えて処置を行います。
②なるべくお口の状態を清潔に保つ
実は顎骨壊死は外科処置だけでなく、不衛生なお口の状態を放置することでも発生することが知られています。例えば重度の歯周病や虫歯です。したがって、これらの歯科疾患の治療をきちんと行っておく事が顎骨壊死の予防につながります。
③かかりつけ歯科医院で定期検診を受ける
骨吸収抑制剤の使用開始にあたって、医科の主治医から歯科医院で診察を受けるよう指示されることもあるでしょう。しかし、大抵の場合、久しぶりに歯科を受診した場合の治療は時間がかかります(参考コラム:あと何回で治療が終わりますか(前編)~なぜ歯科治療は時間がかかるのか~)。それに対して骨吸収抑制剤の使用は速やかに開始すべきことが多いです。ですから、必要に迫られて焦って治療を受けるよりも、普段からまめに定期検診を受けておく方がスムーズで賢いです。
まとめ
今回のコラムは以上になります。いずれのお薬を使用している場合でも、自分の体のことを正しく理解し、歯科医師に伝えることが重要ですね。
しかし、顎の骨が腐るなんて想像できますでしょうか。やむを得ない状況でそのようになってしまう場合もありますが、できるだけこのような状態にはなりたくないですよね。折りしも、政府が「国民皆歯科健診」の導入を検討していることがニュースになりました。こうならないためにも定期的な歯科受診と医科歯科連携は非常に重要です。そして、歯科医院に限らず医療機関を受診するときは、必ずお薬手帳を持参する癖をつけましょう。よろしくお願いいたします。